男性不妊症とは
生殖において男性には精液中の一定数以上の精子を女性の体内に送り込むという役割がありますが、そこに不具合が起こることを言います。不妊原因の男女比率でも全体の半分近くになりますので男性の診察は重要です。

男性側の不妊原因の80%以上が精子をつくる機能に障害がある造精機能障害という報告があります。そのうちの約半分は精索静脈瘤やクラインフェルター症候群、その他の染色体異常などと原因が特定できるものもありますが、残り半分は原因がわからないのが現状です。射精した精液中に精子が見られない「無精子症」と診断された場合、以前であれば妊娠は不可能とされていましたが研究が進み、精巣内に1つでも精子が見つかれば顕微授精(ICSI)によって卵子に精子を注入し、受精させることができるようになりました。
精子はどのように作られ、体外に出るのか
精子は陰嚢内にある精巣の中に800本もある精細管の中で精祖細胞という精子の祖父にあたる細胞から約74日かけて1日に1億以上作られます。作られた精子は普段は主に精巣上体という精巣に連続した小器官内に進み自分で動き受精能力をもつようになって貯蔵されます。その後、性的刺激などで射精が始まると、精管、精管膨大部、射精管、尿道の順に瞬時に進み体外へ排出、すなわち射精されます。
男性不妊症の原因にはどんなものがあるのか
主に、造精機能障害、閉塞性精路障害、性機能障害が考えられます。
造精機能障害とは精巣を工場に例えると、最終産物の精子の生産量が落ちている状態です。男性側の原因の80%以上が造精機能障害です。表に精液所見を示しますが、多い順に乏精子症、無精子症、精子無力症となります。
精液量 | 1.4ml以上 |
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精液濃度 | 1600万/ml以上 |
総精子数 | 3900万以上 |
運動率 | 42%以上 |
前進運動率 | 30%以上 |
精子生存率 | 54%以上 |
正常形態率 | 4%以上 |
代表的な男性不妊症
乏精子症
精子数が正常下限の1600万/ml未満の場合です。原因として最も治療意義があるのが精索静脈瘤です。ただし原因不明の場合も40%ほどあります。
無精子症
精液中に精子を認めない状態で日本人男性の1%を占めます。精子が体外へ出ていく経路(精路)が閉塞している閉塞性と、していない非閉塞性があります。非閉塞性の場合は以前は精子が作られていないと考えられていましたが、最近は造られた精子の数が精巣から体外へ出る閾値以下と考えて精巣内を確認する精巣内精子採取術(TESE)が治療の主体です。なお、無精子症の中には先天的あるいは下垂体腫瘍の手術後などで下垂体ホルモンの低下が原因の場合があります。この場合は多くの例で下垂体ホルモン製剤による治療(一部自己注射可能)により精子が出現しており、自然妊娠あるいはARTでの妊娠が可能です。
閉塞性精路障害
通常は無精子症となります。閉塞原因は、鼠経ヘルニアなどの過去の下腹部手術や避妊目的のパイプカットがありますが原因不明の場合もあります。閉塞部位を解除する精管形成手術が原因療法ですが実際にはTESEが有用とされています。なお当センターでは川西市立総合医療センターとの連携でどちらの選択も可能です。
性機能障害(男性)
ED(勃起不全)や射精障害により精子が女性側に輸送できない状態で、最近は受診される方が大幅に増えています。EDでは、女性側に原因がない場合には今回健康保険適応となったバイアグラ®などの経口薬服用後の夫婦生活や人工授精で妊娠が期待できます。射精障害はいまだ全容が解明されていませんが、作られた精子が体外に出てくる途中で不具合が起こった状態です。トフラニール®などの薬物療法や男性ホルモン改善などの取り組みで治療します。最終手段としてはTESEがあります。男性の性機能障害は不妊症の原因以外にも心身ともに男性の生活の質を低下させます。当センターの担当医は以前からこの分野の取り組みに力を入れており、今後も最新の知識を取り入れつつ、心のサポートを含めて患者様個人に寄り添った治療を行います。
男性不妊症の薬物療法
特殊な場合を除いて、健康保険適応薬を用います。
1.非ホルモン薬
精子のエネルギー代謝、DNA合成や酸化的ストレスに対する効果が期待されます。具体的には、漢方薬、循環改善剤、抗酸化剤などを組み合わせて服用していただきます。
2.ホルモン薬
血中の男性ホルモン値が低い場合には、造精機能障害や性機能障害の原因になります。この場合、当センターでは基本的にクエン酸クロミフェン(クロミッド®)を処方します。また希望者には下垂体ホルモン製剤の自己注射(健康保険適応)も可能です。ただし、非ホルモン薬での治療は有効率があまり高くないのが現状です。医学的には薬が有効かの判定には70日程度かかりますが、奥様の年齢などの条件を考慮してARTへの移行や併用の時期を判断します。
精索静脈瘤はどのようなものか?手術法は?
精巣からの静脈へ血液が逆流してうっ血を起こし、進行すると陰嚢内にでこぼこした隆起として触れます。なかには違和感や鈍痛を伴う場合もあります。男性不妊症の35%に認められ大半が左側にできます。本来体温よりやや低い状態の陰嚢内の温度が上昇するために活性酸素が増えて精子の産生量が減る、あるいは受精能などに不備のある精子が増えます。放置すれば精液所見が悪化し、まれに無精子症となります。ご本人が判らないような段階で影響があるため、一度は受診をお勧めします。視触診やエコー検査で診断し、治療の必要性を調べます。治療法は全身麻酔あるいは局所麻酔の手術となりますが、健康保険の適応となっております。当施設の執刀医は過去に多数の実績があります。方法は、顕微鏡を使用して鼠径部を小切開して逆流してくる静脈をすべて遮断します。この際に動脈や必要最小限のリンパ管は温存します。全身麻酔では1泊入院が必要です。まれに両側に認める場合などでは腹腔鏡を用いた手術を行います。なお、当然のことながら安全第一の手術を行ってきましたが過去に大きな合併症を認めたことはございません。最後に、我々の過去のデータを一つだけ紹介しますが、左精索静脈瘤があると左の精巣が少しずつ小さくなりますが、手術3カ月後には再び大きくなっていることを確認しています。
グレード1 | 立位腹圧負荷によってはじめて触診で診断できる |
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グレード2 | 立位で容易に触診で診断できる |
グレード3 | 立位で視診で診断できる |


TESEについて(健康保険対象)
TESEとは、一般には精巣内精子採取術といわれる無精子症に対する治療法です。専用の顕微鏡(Micro-TESE)を使って精巣の中にある精子を調べ、1精子でも発見できればそれを採取して、すぐに体外受精に使用するか一旦凍結保存します。片側の精巣で精子が見つからない場合は、両側ともに行います。閉塞性無精子症や射精障害の場合などは、顕微鏡を使用せず短時間の手術で精子回収が期待できます(Simple TESE)。